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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)40号の4 判決

原告 松島昭二

右訴訟代理人弁護士 増本一彦

被告 東京国税局長 吉国二郎

右指定代理人検事 山田二郎

〈ほか四名〉

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対して昭和四〇年一月二三日付東協第一五九一号をもってした書類等閲覧拒否処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因および本案前の被告主張に対する反論として、次のとおり述べた。

一、原告は、所轄税務署長のした原告の昭和三八年分所得税の更正処分について、被告に対し、審査を請求し、昭和三九年一二月二一日に行政不服審査法第三三条第二項に基づき後記各書類の閲覧を求めたところ、被告は、右各書類には税務執行上の秘密にわたる事項の記載があり、これを開示することは税務の執行に支障を生ずるおそれがあるとの理由をもって、原告に対し、昭和四〇年一月二三日付東協第一五九一号をもって、これらの閲覧を許さない旨の拒否処分をした。

一、チェックシート(所得税用)

二、昭和三八年分営業庶業所得調査書(白色申告者用二号用紙に記載されたもの)ならびに損益計算書

三、四号用紙表面(調査の顛末)裏面(収入金額調、調査に基づく各原告の収入金額を記載したもの)

四、五号用紙表面(仕入金額調、調査結果を記載したもの)裏面(経費調、調査結果を記載したもの)

五、八号用紙表面(売買差益調、調査結果を記載したもの)裏面(減価償却の計算)

六、九号用紙表、裏(棚卸資産在高調、調査の結果を記載したもの)

七、資産負債調(調査結果を記載したもの)

二、しかし、右処分は、次の理由により違法である。すなわち、行政不服審査法三三条一項に定める書類等を閲覧することによって、審査請求人は、原処分の根拠や理由を熟知してその違法性、不当性を明らかにすることができるものであるから、同法三三条二項に規定する書類等閲覧請求権は、審査請求人にとって攻撃防禦権の最も重要なものである。そこでいう閲覧を許すべき書類等とは、原処分の理由となった事実を証する書面であって、結果としての原処分を記載した書面ではない。また審査請求人から右の書類等の閲覧請求があった場合において、審査庁は、同法三三条二項後段の除外事由に該当しない限り、必ずその請求に応ずべきものである。本件において、被告の拒否理由とする「税務執行上の秘密」は右の除外理由のいずれにも該当しないし、また、原処分の理由となった事実を証する前記各書類はそれぞれ原告の所得や課税要件事実を記載した書類であって、第三者の利益を害するいわれは全くないから、被告の本件の拒否処分は同法三三条二項に違反する違法の処分である。そこで、原告は被告のした本件書類閲覧拒否処分の取消しを求めるため、本訴に及んだ。

三、被告は、本件訴えが訴えの利益を欠いた不適法のものである旨主張するけれども、右主張は理由がない。すなわち

(一)  本件の書類閲覧拒否処分は、原告が審査請求人として有する書類等閲覧請求権に直接影響を及ぼす公権力的行為としてそれ自体独立の行政処分であって、単なる行政庁の意思表示でもなければ、行政処分の前段階的行為にとどまるものでもない。したがって、行政処分の違法性一般を形成要件とする形成訴訟たる本件訴えにおいて形成要件を充足する事実の主張すなわち処分の違法性の主張のある限り、原告に訴訟追行の具体的利益が認められるべきである。

(二)  書類等の閲覧請求権は、適正な裁決がなされるため審査請求人に与えられたもので、この権利の行使およびこれに対する審査庁の処分の効果が、審査手続内部で生ずるにすぎないとしても、このことだけでは、書類等の閲覧請求に対する審査庁の拒否処分が違法である場合において審査請求人がこの処分の取消しの訴えを裁決前に提起する必要性を否定しうるものではない。むしろ書類等閲覧請求権が裁決の適正を目的とするものである以上、その閲覧拒否自体に対する不服手段が認められるべきところ、右拒否処分が行政不服審査法に基づくものであるため、同法による救済が不可能である点からして、右拒否処分自体に対する救済は訴訟によるのほかない。したがって、訴訟による救済の道をとざすいわれは全くないといわなければならない。

また、書類等閲覧拒否処分が裁決手続の違法事由を構成するものとして当該裁決についての訴えにおいてその違法性を争いうるとしても、これだけでその手続違反を、裁決前に独立して争うことを禁ずる論拠とすることはできない。被告は、審査手続の安定性を強調するけれども、いうところの手続の安定性とて、行政不服審査法が明文をもって規定した書類等閲覧請求権を踏みにじってまで保障されるべき絶対の要請ではありえない。

(三)  被告は行政不服審査法四条一項本文、および民事訴訟法三六二条の規定を援用して、審査手続中の処分は不服申立ての対象とならない旨主張するが、前者は、行政手続違反をそれが手続中、または、手続の終了後のいずれであっても、その行政手続の内部で争うことを禁ずる規定であるし、後者は、訴訟手続の違反を、その手続内で争う方法を定めたものであるから、ともに、本件書類閲覧拒否処分を争う場合に類推できるものではない。すなわち、本件は、行政手続の過程で審査請求人が行政庁から、その有する権利を侵害されたので、行政訴訟の手続により救済をうけようとする場合であって、これは明らかに、行政事件訴訟法三条一項にいう「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」に該当するといわなければならない。もし、同法が被告主張のように審査手続中の処分について、独立して出訴することを許さない趣旨とすると同法において、行政不服審査法四条一項本文または、民事訴訟法第三六二条の規定に対応する特別の規定をおくはずである。しかるに行政事件訴訟法には、右のような特別の規定がないのであるから、当然本件のような訴えを適法のものとして許容しているといわなければならない。

(四)  さらに、被告は、裁決に至るまでの中間手続を独立して争いうるとすれば、これに対する取消判決がある前に裁決が済んでしまった場合において、右取消判決の確定は、結局その裁決になんらの影響も及ぼしえないこととなるから、中間手続を独立して争わせる意味はないと主張する。しかし、問題は、まだ裁決が済まない段階にえられた取消判決の効力であって、この場合においてその裁決をしようとする審査庁は右取消判決に拘束されるべく、これこそ右訴の訴訟利益のすべてである。一般に訴え提起後の事情の変更により、訴えの利益の失われることのあるのは当然であるが、本件においては、まだ審査請求に対する裁決がされていないのであるから、訴えの利益は、なお存在するものといわなくてはならない。仮りに、本件のような審査手続中の審査庁の処分の違法性を訴訟上争えないとすると、審査請求人は、全く違法の手続に基づく瑕疵ある裁決を手をこまねいて待つほかないこととなる。審査手続内の処分がその審査の裁決自体を違法にする程度の瑕疵をもつ以上、右のような瑕疵を、手続の中間において是正させるための司法救済は当然に保障されるべきである。思うに、憲法第三二条は、行政上の救済手段がある場合にも、また、このような手段がない場合にも、司法裁判所による救済をうけることの権利を人民に保障したものである。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

一、行政不服審査法三三条二項の書類等の閲覧請求は、審査手続の一環として設けられたものである。つまり書類の閲覧請求は、審査手続の外部における実体的権利に基づくものではなく、審査手続の一環として、審査手続の内部において適正な裁決がなされるために設定されたものである。そこで、このような審査手続の内部における手続的請求に対する処分(措置)については、(イ)この請求ないし、この請求に対する処分が一定の法律効果と直ちに結びつくものではなく、ただ裁決を基礎づけるにとどまるものであり、したがって、裁決によってはじめて本来の目的を達し、裁決を離れて独自の法的な意味をもつものでないこと、(ロ)裁決に対する訴えにおいて、その手続違反の違法性を争うことが可能であること、加えて、(ハ)審査請求手続の安定性等から考えると、これを独立に訴訟の対象とすることは許されないものと解すべきである。

二、行政不服審査法、および国税通則法において、審査手続中の処分(行政不服審査法に基づく処分)については、独立して行政不服申立ての対象となりえない旨定められていること(行政不服審査法四条一項本文、国税通則法七六条五項一号、七九条五項)、また民事訴訟法においても、訴訟手続中の裁判に関しては特に規定のある場合に限り、抗告が許され、それ以外のもの(例えば、証拠申出に対する却下決定)については、原則として判決を待ち、その判決に対する上訴により争う建前が採用されていること(同法三六二条)に照してみても、審査手続の一環であるその手続中の処分は、独立して訴訟の対象となりえないことを示唆しているものといえよう。また、判決の効力の面からこれをみても、裁決に至るまでの中間手続を独立して争いうるものとした場合、その取消判決の確定前に裁決が済んでしまっているとき、右取消判決の確定により裁決になんらの影響を及ぼすものでない。これを要するに、裁決に至るまでの中間手続を独立して争わせる意味のないことを如実に明らかにしているものといえよう。

三、以上のとおり、行政不服審査法上の書類等の閲覧請求に対する拒否処分を独立に取り上げて訴訟の対象としている本件訴えは、独立に争訟の対象となりえないものを争訟の対象としているのであるから、不適法な訴えというべきである。

理由

本件訴えは、行政不服審査法三三条二項の規定にもとづいて、審査請求人である原告が審査庁である被告に対して処分庁から提出された書類の閲覧を請求し、被告がその閲覧を拒否した事案に関し、右拒否行為が違法の行政処分であるとして、その取消しを求めるものである。

右規定によれば、処分についての不服申立てたる審査請求において、審査請求人は、審査庁に対し、処分庁から提出された書類その他の物件(審査請求人の申立てにより、または審査庁の職権で、その提出を求められた場合において、これに応じて処分庁が提出したもの、および処分庁がみずから当該処分の理由となった事実を証するものとして提出したもの。)の閲覧を求めることができる(前段)。

この場合において、審査庁は、第三者の利益を害するおそれがあるとき、その他正当の理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができない(後段)。

もちろん、その規定は、審査請求人が審査庁に対して処分庁から提出された書類等の閲覧を求めることができる権能を有することを明らかにしたものであって、審査請求人の利益の保護を手続的に保障するにある。そして、審査請求人の閲覧請求およびこれに対する審査庁の閲覧拒否は、いずれも、審査請求事件の本体についての審判である裁決処分を目標とし、これを達成する過程において他の一連の行為と関連しながら一個の審査手続を構成するいわば手続の連鎖の一環たる行為であって、当該審査手続の終局処分である裁決の前提たる手続的意味および効果を有するに過ぎない。したがって、閲覧拒否行為の違法については、手続に関する瑕疵として、当該裁決の取消しを求める訴訟において争いうることはいうまでもない。

問題は、閲覧拒否行為の違法を当該裁決の取消訴訟で争うことができるのに、さらに閲覧拒否行為の適否を独立に取消訴訟の対象とすることができるかどうかである(本訴の争点)。

そこで、考えるに、もし、閲覧拒否の適否を独立に解決するために、その出訴を許すときは、審査請求権についてその本体的審判たる裁決をめざして簡易迅速を旨とする(同法一条一項)審査手続が進められているのに対し、他方裁決にいたる過程の手続上の事項(すなわち閲覧拒否行為の適否)につきかえって厳格、慎重を期する訴訟手続が進行させられるといったちぐはぐな争訟係属が錯綜する事態を惹起し、当該審査請求事件について、ほとんど不可避的に審査手続の円滑な進行を阻害し、終局判断たる裁決の安定を脅かすにいたるのはみやすい道理である。のみならず、閲覧拒否は、まえにみたとおり、裁決の前提たる手続的意味および効果を有するだけであるから、それによって審査請求人がこうむる不利益ないしその他の影響は、現実には当該書類等の閲覧ができないほか、裁決で審査請求人の不利益に判断される蓋然性があるにとどまり、裁決をまつまで猶予することができないような緊迫した不利益などではありえない。それに、もともと閲覧拒否の適否については、行政上の不服申立てを許さないたてまえである(同法四条一項本文)。いいかえると、行政上の不服手続さえ用意されず、ただその裁決の取消訴訟での争点となしうる底のものというべきである。そうすると、審査手続および訴訟手続による各争訟制度の便宜的かつ合目的的考慮の見地からして、審査庁の閲覧拒否行為の違法は、当該審査請求事件の手続に関する瑕疵として、その裁決の取消訴訟においてこれを争わせることで足りると解するのが相当である。すなわち、閲覧拒否行為は、行政訴訟法三条にいう抗告訴訟の対象たるべき処分性を具有しないものと解すべきである。したがって、閲覧拒否行為が右法条にいう行政処分であるとして、その取消しを求める訴えは不適法たるを免れない。(なお、行政庁の行為で抗告訴訟の対象たりえないものの取消請求に係る訴訟につき、裁判所が本案の審判を拒否したからといって、憲法三二条にいう裁判を受ける権利を奪うこととなるものではないと解すべきである。原告の憲法違反に関する所論は理由がない。)

よって、本件訴えを不適法として却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 浜秀和 前川鉄郎)

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